朝の身支度中、鏡に顔を近づけたときに一本の白髪を見つけて手が止まる。つまもうとした指先に「抜くと増えるらしい」という言葉がよぎり、結局そのまま鏡の前を離れる。バンコクの強い日差しの下で鏡を覗くたび、同じことを繰り返している方は少なくないはずです。
白髪を抜くと増える、は本当に起きているのか
結論からお伝えすると、白髪を一本抜いたことが原因で周囲から次々と白髪が生えてくるという医学的な根拠はありません。一つの毛穴には通常2〜3本の髪が生えていますが、隣り合う毛穴同士が「白髪が抜かれた」という情報をやり取りする仕組みは体の中に存在しないのです。
噂が根強い理由は、記憶の結びつけ方にある
ではなぜこの噂がこれほど広まっているのでしょうか。答えは、抜いた本人の中で起きる記憶の結びつけ方にあります。neveの相談でも、白髪への焦りを口にするお客様の多くは、抜いた数か月後に別の場所からも白髪が出てきたと話します。ただ、バンコク在住1年以内のお客様と、3年を超えたお客様とでは、この実感の出方がはっきり違います。在住が長いお客様ほど「気づいたら増えていた」と話す一方、在住が浅いお客様は「あの一本を抜いてから」と、抜いた行為と結びつけて語る傾向が強く見られます。もともと白髪が増え始める時期と、抜き始める時期が近いために、後から振り返ると抜いたせいで増えたように見えてしまう。自分の思い込みを裏づける出来事だけを拾い集めてしまう、確証バイアスと呼ばれる記憶の癖です。
抜く行為そのものに潜むリスク
増えないからといって、抜く行為が無害というわけではありません。髪は毛根の部分で頭皮の組織にしっかり固定されています。それを指先で引き抜くのは、地面に根を張った草を無理やり引っこ抜くようなもので、抜いた瞬間だけでなく周囲の組織まで一緒に荒れてしまいます。無理に引き抜いた毛穴は傷口のような状態になり、そこから細菌が入ると赤く腫れる毛嚢炎を起こすことがあります。さらに、毛根に栄養を送る毛乳頭という組織へのダメージも見過ごせません。同じ毛穴を繰り返し抜いていると毛乳頭が弱り、その毛穴自体が髪を作れなくなることもあります。
neveの相談で最も頻繁に上がるのは、抜いた後に生えてくる毛が以前より太く、うねって見えるという声です。毛穴の形が引き抜きの刺激でわずかに歪むと、次に生える髪の断面が変わり、光の反射も違って見えます。まっすぐな髪の中に一本だけ強くうねった白髪が立っていると目立ちやすく、これも抜いたら増えたように見える錯覚を後押しします。
自宅でできること
気になる白髪は、根元近くでハサミを使って短く切るのが、髪への負担が少ない対処法です。抜くよりも、まず切る。これだけで毛穴への負担はかなり変わります。
バンコクの水道水は日本の水道水よりミネラル分が多く、毛穴の周りに金属イオンが付着しやすい環境です。これ自体が白髪の原因になるわけではありませんが、頭皮のコンディションには影響します。湿度が高く紫外線も強いため、頭皮が乾燥と皮脂の両方に振れやすく、抜いた後の毛穴が回復しにくい環境でもあります。切るという選択を意識する意味は、こうした気候の中では特に大きいといえます。
サロンでできること
白髪そのものをどう扱うかは、量や生え方によって答えが変わります。一部だけ気になる段階なのか、頭部全体に広がっているのか。染めてぼかしたいのか、そのまま活かしたいのか。実際、neveの相談でも、白髪を染めて隠したいタイプのお客様と、頭皮環境を整えて今後の髪質を底上げしたいタイプのお客様とでは、必要な対応がまったく異なります。前者はカラーの相談が中心になり、後者は頭皮ケアやトリートメントで内側から整えたいという相談が中心になります。
どちらのタイプにも共通して意味があるのが、頭皮の状態を整えることです。頭皮の専用ケアでは、水道水に含まれる金属やミネラルの付着、古いスタイリング剤のコーティングを取り除きながら、マッサージで頭皮の血行を促します。毛穴周りの環境が整うことは白髪そのものを減らすわけではありませんが、これから生えてくる髪が健やかに育つ土台づくりにつながります。
白髪への向き合い方に迷ったときは、抜く前に一度立ち止まって、切るという選択肢と、頭皮の状態を見直すという選択肢を並べて考えてみてください。
neveが現場で繰り返し確認してきた事実は、白髪を巡る焦りの多くが、抜くこと自体よりも情報不足から生まれているということです。一本見つけて指が動く前に、切るという選択肢があることを知っているかどうかで、その後の頭皮の状態は変わってきます。
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