バンコクでの生活にようやく慣れてきた頃、洗面所の鏡でふと手が止まることはありませんか。根元は黒い自毛が伸び、中間から毛先にかけては、染めたはずのアッシュやベージュが消えて、なぜか赤茶色っぽいオレンジがかった色になっている。「色が抜けたんだな」と思って、ヘアカラーを半年放置したままの方も多いと思います。でも実はこれ、単に色が薄くなったのとは違う現象なんです。
髪の中で染料が「大きくなって」「また崩れていく」仕組み
サロンで使うヘアカラーは、塗った直後は無色に近い、とても小さな染料のもとと、過酸化水素という薬剤を組み合わせて使います。この染料のもとは分子がとても小さいので、髪の表面のキューティクル(硬いウロコ状の層)がアルカリで開いたすきまを、するりと通り抜けて内部まで入り込みます。小さいからこそ奥まで入れる、というのがまず一つ目の仕組みです。
内部に入り込んだ染料のもとは、過酸化水素の働きによって、もう一つの染料成分と手をつなぎ合い、どんどん大きな塊になっていきます。専門的には酸化重合と呼びますが、要はレゴブロックが数個くっついて一つの大きな作品になるイメージです。分子が大きくなると、入ってきたすきまからは出られなくなります。だからこそ染めたては色がしっかり定着し、美しい発色を見せてくれます。
ところが、この「大きくなって閉じ込められた」染料の塊は、時間が経つと元の姿を保てなくなります。紫外線やドライヤー・アイロンの熱を浴び続けることで、塊をつなぎとめていた結びつきが外側から少しずつ切れていきます。切れて小さくなった破片は、また最初のようにキューティクルのすきまを通り抜けられるようになり、シャンプーのたびに髪の外へ流れ出ていきます。半年後の褪色とは、色が単純に薄まったのではなく、いったん巨大化した染料が壊れて、また抜け出していくプロセスの結果なのです。
意外に知られていないのが、色によって壊れやすさがまったく違うという点です。透明感やくすみを出すアッシュ系・青系の染料は、光のエネルギーを吸収しやすく結びつきがもろいため、真っ先に分解されて流れ出てしまいます。一方で赤や褐色系の染料は熱や光に対して粘り強く、髪の奥に長く居座り続けます。青が先に抜けて、赤が最後まで残る。これが、半年放置した髪が一様に色あせるのではなく、赤茶色に寄っていく理由です。
さらに、日本人の髪が本来持っている赤褐色っぽい色素(メラニン)も関係しています。カラーの過程でメラニンは分解されますが、完全に無色にはならず、焦げ茶〜赤茶〜オレンジといった下地の色が残ります。青系の染料が抜けた後の髪では、この下地の色と生き残った赤系の染料が混ざり合い、想像以上に強い赤茶色として表に出てくるわけです。「同じ薬剤で染め直せば元の色に戻る」というのは、実は成り立ちません。染料そのものが化学的に変質した髪は、以前とは違う下地を持つ髪になっているからです。
自宅でできることと、その限界
赤みを抑えたいときに、色味を補う製品を使う方は多いと思います。ただ、これらに含まれる色素は、サロンのカラー剤とは根本的に仕組みが違います。多くは分子が大きく、髪の表面に軽く付着しているだけで、内部で固定される力を持たないため、シャンプーのたびに流れ落ちてしまいます。表面に色をうっすら重ねて印象を整えるものだと考えると分かりやすいと思います。
それでも、色の関係を理解した上で使えば、気になる赤みを一時的に和らげる助けにはなります。ただし前述の通り、青系の色素は壊れやすいので、継続的な手入れが前提になります。根本的に大切なのは「これ以上壊さない」という予防の発想です。紫外線は染料の結びつきを切る最大の要因なので、外出時に頭皮や髪を紫外線から守る工夫があるだけで、色の変質のスピードは変わってきます。バンコクの日差しはこの崩壊のプロセスを普段より速く進めてしまうため、日々のひと手間が半年後の髪色を左右します。
サロンでの色設計に必要な視点
半年ぶりにカラーをするとき、neve が最初に行うのは色を乗せることではなく、「今、髪の内部にどんな色がどれくらい残っているか」を見極めることです。以前と同じ薬剤を選んでも、下地となる髪の状態が半年前とはまったく違うため、期待した色にはなりません。残っている赤みやオレンジみに対して、反対の色味をどの比率で組み合わせるか。根元の新しく伸びた部分と、変質した毛先とで、アプローチをどう変えるか。ここを見誤ると、仕上がりにムラが出たり、狙った透明感が濁ったりします。
大切なのは「以前と同じ結果を求める」のではなく、「今の髪を起点に、どこを目指すか」を一緒に決めることです。今の髪の状態は一人ひとり違うため、まずは今の色と状態を見せていただくところから始まります。
髪の中で起きていたこと
neve の相談でも頻繁に上がるのが「なんで急にこんな色になったんだろう」という言葉です。実際には急に変わったわけではなく、半年かけて少しずつ、染料が壊れて流れ出ていた結果です。渡航してまだ日が浅いお客様ほど、この変化に驚かれる傾向があり、逆にバンコク生活が長いお客様は「またこの時期か」と、半年周期の色の変質にすでに慣れている様子も見られます。色が抜けたのではなく、化学的に姿を変えていただけ。そう分かると、多くの方がほっとした表情を見せます。
neve が現場で繰り返し確認してきた事実は、髪色の変化は放置した結果ではなく、光と熱と時間が染料に対して行う化学反応の積み重ねだということです。だからこそ、次にカラーを考えるときは「元に戻す」ではなく「今の髪から、どこを目指すか」という視点で向き合うことが、仕上がりの満足度を左右します。
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